次回展示予定

 

個展

2017.6  tokyo

 

グループ展

2017.6 tokyo

 

「土澤盆栽」

ぎろり、ぎろりと目玉が風で飛ばされてくる。

見られている。ヒトは見えないが、見られている。

 

岩手県花巻市。宮澤賢治「銀河鉄道の夜」の始発駅で有名な土沢駅を降りると、その街は静かにそこに在る。そこでは2年に1度「アート@つちざわ」が開催されている。

街の空き店舗などを利用して、作家たちはその場とヒトと対決するのだ。

現在、街おこしのためにARTを取り入れるケースが増えているが、土沢独特の「深度」は他に類を見なかった。

 

私は毎回見には来ていたが、いつもどうやって展示に参加するのかわからずに帰ってきていた。街の深さに圧倒され、お店に置いてある砂糖の瓶(瓶には”さど”と書いてあるが)まで作品に見えてきて、どきどきわくわくしたものだった。今回、アート@つちざわのことをぽろっと「ワタリドリ計画」の二人に話したら、「あ、応募用紙を持っているよ。」と送ってくれ、あっさりと参加することになった。

 

参加しようと考えていたとき、私は夫の仕事の関係で釜石市に移り住むことに決まっていたが、先の震災で宮古市に住むことになった。釜石市から土沢までは電車で1時間半位なのだが、宮古市からだと連結の問題もあって5時間ほどかかってしまう。それで私は家族と夫を説得し(口車に乗せ)、滞在制作をすることに決めたのだった。

 

私の会場は、「ふれあいセンター」の2階。1階の奥に螺旋階段があり、まずここに螺旋階段があることに気がつくヒトが少ない。そしてそこをのぼって来るヒトも少ない。

「だめだ、、腰痛い。」「怖い、、、。」

土澤盆栽制作中の張り紙を見たのか、「盆栽は見なくていいな、、、」という声。

それでも階段をのぼってきてくれた方々に、私は心の中で惜しみない拍手喝采を送り、背中で出迎えたのだった。

みしみしと階段を上がってくる音が聞こえると、リンゴを持った実行委員長だったり、歴史を研究しているというひとだったり、小学生だったり、ブルースを歌う女だったり、植木屋さんだったり、七年ぶりの再会だったり、先輩の上司だったり、ショコラという名前だったり、科学者だったり、家を流されていたり、宝くじで二万円あたった後だったり、中学校の先生だったり、アーティストだったり、音楽家だったり、秘密だったり、ボランティアで遠野に来ていたり、近所の人だったり、書道の先生だったり、何回も見に来てくれたり、NOTEというカフェで以前すれちがっていた人だったり、世界的な写真家だったり、お寿司屋さんだったり、新聞記者だったり、保険屋さんだったり、

う、ゲホゲホ、、、。

 

今回私は、真っ白な和紙を持っていって、そこで構図もなにも決めずに描こうと決めていた。

一ヶ月であの大きいサイズを完成させるのは難しいと考えていたし、終わっても終わらなくてもいいと思っていた。とにかくあの街と戦ってドロウ、もしくは勝利したいと考えていた。

一ヶ月間滞在して、今までと同じ作品を制作してしまったら全く意味がない。負け。

それは見に来たヒトがすぐわかるように、昔の作品を持ってきて比べられるようにしておいた。

 

最初の一週間はそれでも完成させようと焦っていた。一瞬完成図が頭に浮かんだし、そのとうりに描いていけばまあ終わるはずだった。

しかし、そうはいかなかった。毎日毎日いろんなヒトが来ていろんな話をしたり、土沢の資料を見せてくれたり、「土沢にいて神楽を見ないなんて暴挙だ!」と言ってばんばん資料を残して去っていった方も。彼は名前を残していかなかったが、手塚治虫と講演をしたことがあり、原付で新潟からやってきていた。その人のおかげで私は神楽を見ることができ、権現様に頭をカプッとしていただくことになるのだが。

それから、あるヒトには「牛と秋桜(ベコとコスモス)」という映画を見せてもらった。この映画は、17年前に東和町の人たちだけで制作した映画だ。現在の萬鉄五郎美術館の副館長や、松葉の親分の17年前が映っていて、会ったときに見たよと言うと、「ああ〜、"ベゴコス”ね。」とすこし近づけたような気がした。

 

とにかくわたしは"隠れ人なつっこさ"と持ち前の好奇心と、よそ者に対する街の人の興味関心を利用してたくさんの情報を得られたと思う。

 

さて、私の会場には4年前に渡邊豊重さんが滞在制作された、「土沢の光の中で」という作品が今も燦然と残っている。

この場所に私が展示することになったのも、彫刻家の菅沼緑さんが、豊重さんと私の作品の対比がおもしろいんじゃないかと考えてくださったからだった。

9月にこの場所に下見に来たとき、土沢の夕日がすっと直線を描いて部屋に入ってきているのを見て、私もこの太陽の光を利用して作品を一つ作ろうと考えた。それが、「舞台装置AB」を使った「夕焼けミラーボール」だ。晴れた日のたった10分だけ夕日の光が「舞台装置AB」(ミラーボールに食品サンプルのエビ天を付けただけ)に当たり、まあ少し幻想的な風景が現れるのだ。豊重さんの迫力ある作品に光が当たってとてもとても美しくて、この遊びはとても贅沢だったと思う。これは宣伝なんかあまりしないで、偶然4時頃訪れたひとが見られればいいやと考えていたので、見てもらえたのは40人弱くらいだったが、それでもあの時間を共有できたことは幸福であった。

 

 

もっともっといろいろ書きたいのだが、とにかく土沢でなければこの作品は出来なかった、

そう言える作品ができたと思う。それでもまだ不満足で、もっともっといろいろできたんじゃないかと後悔が多いが、でもできた。

 

2011年大震災により一瞬にしてなくなった街がある。

そして、時代や雨風によって静かに風化していく街がある。

そこにはまた新しい風が必ず吹き込んでくる。それを見た。

 

ありがとうつちざわ。

 

2011年11月11日

 

 

 

 

 

「土澤盆栽」

2011

270×210cm

ペン、インク、鳥の子紙

 

「夕焼けミラーボール」

2011

「舞台装置AB」、土沢の太陽

おまけのミステリー

 

モーターでミラーボールを回転させていたのだが、一日だけミラーボールが逆回転した。

上のYouTubeの映像を見ていただきたい。

 

なぜだろう。

たくさんの出会いにありがとう。