次回展示予定

 

個展
2017.4  tokyo

2017.6  tokyo

 

グループ展

2017.6 tokyo

 

制作について

 

制作の起こりは、少しの懐疑心と単純な疑問から始まる。

例えば、バスに乗って家路につく時、並行して走る川を見ていると、いつの間にか流れが逆になっていることがある。それは、山を一つ越えたからである。

山を見ていると、なぜか不自然な感覚が湧きあがってくる事がある。それは、植林によって均等に植物が並んでいるからである。

理由が明確に存在しながら、不自然に感じることが度々ある。

 

わたしの制作は、以下の二つの流れの並走、合流の繰り返しだといえる。

一つは、2006年から続けている「盆栽」をテーマに設定したもの。もう一つは、「(ガワ)()(ウツワ)と名を付けている毎日のドローイングである。

 

 「盆栽」は、鉢の中に樹木を植え、自然の風景をマイクロコスモ的に表現する日本の文化である。器や針金などを使い、木の成長に人工的に制限を加える。それらの制約により、枝の伸びる方向や成長のスピードは制作者の意図した通りに進み、個人の表現したい美意識の形を目指す。

わたしは「盆栽」という象徴的なモチーフに、人間の手による芸術的な表現と、自然本来の美しさの調和を見出し、その制作過程に魅せられる。

画面(器)という制約の中で発展を遂げるイメージ。そこには、盆栽のシェープを模した芸術的実践と、自然の美しさの対比が現れてくる。それらのイメージの対比を際立たせるため、ペンによる均一な線で描く表現方法を用いている。

 

一方の「側の器」とは、毎日一枚描くドローイングの名称である。「側の器」の“側(ガワ)”という言葉は、川の語源を表している。川の語源は諸説あるが、”川(カワ)”という言葉は、流れる水を受ける“側(カワ)”から発生したのだという。その「側」という水を受ける器のイメージを内包する”器”という、不自然な入れ子式の風景を「側の器」という言葉で表している。

 わたしは生活の中で受け取った雑多なイメージの断片を、毎日同じサイズの紙に描きつけ、「側の器」という不自然さへの解答を目指している。

 

自然の中で感じる不自然さは、ある意味「郷愁」のようなものかもしれない。「郷愁」という感覚は一人一人が個別に所有しているものではあるが、その根本的なものを共有し、一緒に反覆したりであるとか、消去、忘却し、また建設することが出来るのではないかということを想像させる。

木も川も、人間も、その体に水を通して循環させている。その仕組みは、昔から変わらない。変わっていくのは人間の目ではないか。次々と新しい仕組みを構築していく人間社会の中で、その眼球だけは懐かしさを増大させていく。その「郷愁モード」の瞳によって眺められる自然が、どこか不自然に映っているのではないかと考え、制作することを続けている。

 

 

 

Bonsai is a central theme to my work.   Bonsai is the art form of planting trees in a pot and creating a microcosmic scene of nature. It consists of multiple layers of various elements. The size of a pot determines how much trees can grow.  Branches and trunks which grow freely are shaped artificially with wires. To create the natural-looking, white, dead branches and trunk, a skilled craftsman uses deadwood technique to kill some parts of them with chemicals or a chisel knife. Natural plants which grow in various directions do not have a specific front side obviously. However, in Bonsai there is a front side, which means there is a painterly element to them. Bonsai is created intentionally this way.  Bonsai is the collaborative result of natural beauty and artistic work by a human, a combination I am deeply attracted to.

Born in the 80's, I have experienced our expanding network of cell phones and the internet.  I manage effectively, without a sense of the strangeness of this information society we live in. These networks grow like branches and can exist in a vessel, humans in this case, in the same manner as the trees in a Bonsai pot. Will the information society evolve as the vessel of humans evolve? I feel modern information society is detached from, and has already expanded out of human control. Is our existence in society detached, empty, and vain then?

Both dead and living cells co-exist in Bonsai while the permutation of 0 and 1 is the base of the network. To contrast the image, I use a pen to simply draw in black and white, uniform lines. I first place in the canvas what I see or what I am influenced by in daily life, such as books, plants or the internet. I call these objects the ‘seeds’ of my drawing work. Once the seeds are planted, then I grow them into trees in a vessel, which is the canvas.  While they seem to grow freely on the surface, the seeds do not recognize that they are ! given specific order, or then they do not want to know it.